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2006-07-18

<世界に一つだけの花>の「花」は12年前すでに生まれていた

音楽科の文章を書く練習の授業。音楽科の教授の授業なので、最終レポートが音楽を題材に何か2000字書け、というもの。というわけで、僕はマッキーの世界に一つだけの花」をテーマに書いて見ました。

曲名は<>に入れるのが正しいらしく、そう書いてみましたけれど、見慣れないので面白い感じですよね(笑)。あと、”ベートーヴェン”とか、”モーツァルト”とか呼び捨てな訳だけれど、槇原さんは呼び捨てできないので、「さん」もおかしいので「氏」にしたのもなんだかこっけいだ!w という訳で僕のレポートはコチラ↓↓。これがどんな点数で帰ってくるのかお楽しみに。

なお、ブログに載せるために見やすくするために文字の強調や色付けをしています。

 2003年、SMAPの<世界に一つだけの花>が大ヒットしたのは記憶に新しいところであり、今も尚いたるところで耳にする。しかし、このシングルが発売される約1年前、2002年に発売されたアルバム『Drink!Smap!』の3曲目として、この曲は既に世間に発表されていたのをご存知だろうか。槇原敬之氏が作詞・作曲・編曲をおこなったこの曲は元々、SMAPのアルバム中の1曲として提供されたものであった。

 槇原氏といえば<どんなときも。>・<もう恋なんてしない>などの曲に代表されるシンガーソングライターで、ラブソングの詞とそれを引き立たせるメロディとアレンジの完成度の高さで人気を誇っている。デビュー9年目の1999年に覚せい剤取締法違反容疑で現行犯逮捕され一時活動休止したが、2000年にアルバム『太陽』を発売し活動を再開した。活動再開後はCDこそリリースするものの、テレビなどのメディアへの出演を比較的自粛している状況だった。この頃から槇原氏はそれまであまり行わなかった楽曲提供をすることが多くなる。そんな中、SMAPへの楽曲提供の話が持ち上がった。

 彼はどのような心境で<世界に一つだけの花>を生み出したのだろうか。ラブソングの帝王と言われた彼がいきなりメッセージ性の強いこの曲を書いたと思われるかもしれないが実は違う。2000年の復帰アルバム『太陽』から彼の十八番である純粋なラブソングが激減した。代わりにメッセージ性の強い、人間はどうあるべきかとか人間の本当の姿を描こうとした曲が多くなる。『太陽』ではファンを気遣ったのかラブソングとメッセージソング半々という印象であったが、2001年のアルバム『Home Sweet Home』ではうってかわってメッセージソングがほとんどになった。このアルバムに収録された曲は、歌詞も音のつくりもまるでとげが剥き出しのようで、聞き手の心を刺すようなものが多い。これはラブソングからメッセージソングへの方向転換の過渡期であり、槇原氏が表現方法の模索の途中であったためだと思う。そして2002年のアルバム『本日ハ晴天ナリ』で、彼自身「この3年間の集大成ができた」と言っているように、聞いていると自然に心に染み入ってくるような曲がたくさんつまったアルバムになった。「メッセージソングは究極のラブソング」と槇原氏が言うように、私自身彼の昔のラブソングを聞いているようにこのアルバムの曲を聴けたのだった。

アルバム『本日ハ晴天ナリ』のタイトルソングである<本日ハ晴天ナリ>の歌詞は「君が笑うとき君の胸が 痛むようなことなどないように」と結ばれている。これは槇原氏のデビューアルバム『君が笑うとき 君の胸が痛まないように』からとったもので、「自分が伝えたいと思うことの根本はずっと変わってない、と伝えたかった」と彼は言っている。槇原氏自身の伝えたいことの再確認をした曲であった。この曲が創られた頃と同時期に生まれた<世界に一つだけの花>も同じように、伝えたいことの再確認から生まれたものだと考えられる。それを裏付けるのが槇原氏のデビュー公式コメントだ。

畑一面に咲いたレンゲ草の、あの色を、僕は忘れられないんです。決して派手ではなく一つ一つの花は、すごくたよりないけれど、一面に広がった赤むらさき色は、いろんな人の足を止めたはずです。僕のうたも、そんな風でありたいと思っています。(中略)決してめずらしくない、平凡な風景に立ち止まるように、僕のうたをつかまえて下さい。

 槇原氏自身がそう言っている訳ではないが、彼が<本日ハ晴天ナリ>でデビューアルバムの名前を使ったように、このデビューコメントの「花」というキーワードを<世界に一つだけの花>で使ったのだと私は思っている。

 爆発的にヒットしたこの曲は、いまや日本では知らない人がいないほどの曲になり、そのため色々な解釈がなされるようになった。この曲が発売された2003年はイラク戦争の年であり、反戦歌のように扱われたこともあった。また、「“オンリーワン”であるということは、戦いの末勝ち残った“ナンバーワン”であるということなのではないか」という意見も多く飛び出した。しかし、デビューしてから<世界に一つだけの花>を生み出すまでの12年間も一貫して同じことを想い続けていた槇原氏の歌は一切揺らぎがない。曲を生み出す作業は、それから先演奏され続ける年月に比べたらほんの一瞬のことであるが、それが思いつきによるものか、長年想ってきたことの表現なのかで重みが全く違う。この曲は一本筋が通っている本当の言葉だからこそ聞いていて気持ちがいいのだ。今度<世界に一つだけの花>を耳にすることがあれば、槇原氏の12年間の想い続けたことの集大成であることを思い出しながら聞いてみてほしい。

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コメント

はじめまして。
レポートドキドキワクワクしながら読ませていただきました。
感動しました・・・大袈裟かも知れませんが少し涙がでました。 こんなに的を得て言葉にしてる人は初めてでした。
また遊びにきます。

投稿: seiko | 2006-07-24 22:48

seikoさん、ありがとうございます。
そういっていただいて僕も心が温まります。

何かを表現するということはいつも苦痛を伴って、ともすると楽な表現方法に流れてしまいがちになります。私の場合は文章を書くことよりも音楽をかくほうが比較的簡単で、つい心にもないことを詞を作って曲にのせて歌ってしまうこともあります。

それではいけない!といつも思いながら自分に問いかける姿勢を教えてくれたのは、やはり槇原さんです。そんな槇原さんのことをレポートにかけてとても嬉しかったです。

また遊びに来てください♪

投稿: 龍登 | 2006-07-24 23:06

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