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2008-09-27

愛されることには慣れているが、愛することには慣れていない。

大学のお話。提携校の中国から教授がたくさん見えて、今日の午前中、中国の教育事情についての講義があった。タイトルは、その中で印象に残った言葉。

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(都市部と農村部の違いは大いにあるという前提のもとで、)中国の学生は寝ても覚めても勉強に明け暮れていて、とてもプレッシャーを感じている。一人っ子政策による両親からの期待や、学校間同士の進学率競争などによるものだそう。特に、親からの期待によるプレッシャーが大きいようで、学校から帰って来るなり「勉強しなさい」と言われ、暖かい牛乳を持ってきてはまた「勉強しなさい」と…言われ続けるのだそう。

日本の幕末、中国での清朝時代の教育目的の違いは、日本の寺子屋しかり藩学しかり「教養目的」であったのに対し、中国は勉強によって階級が変わるから「出世目的」であった、と。それは今も根強くあって、「教育重視」は中国の文化とも言えるし、それが今の中国の学生が勉強する時間は多い原因であろう、と。

ほとんど勉強に時間を費やしているから、流行曲・ファッション位は知っていても、自国の民謡を歌えない、人のことを考えられない学生が多い。自己主張が強く、流行や新しいことに果敢に取り組む姿勢は良いが、我慢強さや失敗からの立ち直りが不得意である。

これは、親から「愛されることは慣れているが、愛することに慣れていない」から、だそう。そういう子供は、「80年代の子」であり
(ちょうど僕と同じ年代なんですね)、皮肉を込めた言葉として使われる。でも、地震災害の際には助け合ったり、募金をしたりと、多様化はしてきている…。

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レポートを書け、ということだったので(一応授業として単位が出るらしい)、今日先生が言っていたことをつらつら書き綴った上で、自分の感想を以下に。

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 「愛されることには慣れているが、愛することには慣れていない」という言葉が印象的でした。(・・・中略・・・)

 人に何かをしてあげようとする行為は、それを好意で行おうとしても、それを受けとめる側は違ったりして、とても難しいことです。お金をあげることだけが好意じゃないかもしれないし、時には手をさしのべることがその人にとって良いかどうかはわかりません。

 でも、「自分」をしっかりもつことができている人は、想像力があればおのずと相手のこともわかるようになるはずです。だからきっと、自己をしっかり持っている中国の学生が「愛すること」を知れば、本当の愛を与えられる人たちになると思います。

 問題なのは、自分を見失い相手の立場を考えることができなくなってしまうことです。日本においてはそれが問題なのではないかと思います。人の気持ちを想像できなくなる現象は、「自分」とか「個性」といったものが、コミュニケーションのデジタル化によってみな同じに見えるようになってしまい、欠落してしまったからなのでないでしょうか。それにより、愛し方がわからないのは、より厄介な問題です。つくづく考えさせられる問題です。

 また、課外活動として軍事訓練をするという事実に驚きました。日本は徴兵制度がなくなってから、軍というものが一般人からは遠くなってしまって、ピンときません。想像で言葉を綴れば、「愛国心」などといったものを持つために軍隊に入って訓練をするのでしょうが、日本の軍隊を持たない精神(事実上軍隊はありますが、徴兵制度がないなどといったことにおいて)が心地よい私にとっては、あまり理解できない事柄でした。

 それよりも、農業とか漁業といった一次産業の体験ができる方が、国を支える力である食糧が生み出されるところの現状を知り、自国のために働くことの意味を、軍隊に入ることよりも直接的にわかりやすく教えられるのではないかと思いました。

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うん、というわけで、武器を鍬に持ち替えて、みんなで畑を耕そうw!good音大生ブログRankingに投票!

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