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2008-12-09

「音楽は言葉を越える」ことの本当の意味

 

「音楽は言葉の壁を越える」という名言があります。私は、今回の訪中でこの言葉の意味についてもう一度考え改める機会を得ることが出来ました。

 冒頭の言葉を実感したのは、中学2年生の時でした。私が中国・大連市を訪れたときのこと、私の父と義母(中国人)の結婚式で、日本の演歌を母が歌ったのです。その会場の中国人みんなが手拍子をし、歌に身を任せているのを見て、「音楽に国境は無いんだ」と、音楽の計り知れない力に魅力を覚えて、そんな音楽を生み出すことをしつづけていたいと、そのときの私は思ったのです。

 そして、冒頭の言葉について考えさせられることになったのは、26日午後の班単位自由行動の時でした。4人の女学生に囲まれてのキャンパス散策でしたが、日本語が出来る1人以外とは英語での会話になり、なかなかコミュニケーションがとりにくく、もっといろいろなことが話したいと、大変もどかしい気持ちになりました。

 夕暮れになる少し前、「ピアノ練習室」が目に入りました。アップライトピアノが一部屋に一台ずつ設置され、10部屋程ある場所でした。満員だったのですが、一時的に空けていただき、演奏させて貰いました。私が尊敬する槇原敬之さんの〈世界に一つだけの花〉を弾き語りすることにしました。   

No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one

 そう歌いきって、私はこの歌詞を説明する言葉を持っていないことに気づきました。 

「音楽は言葉の壁を越える」のではなく、「音楽は言葉の壁を”越えすぎてしまう”」のです。私が歌い終わった後、みんなすごくにこやかな顔で「よかったよ!」と言ってくれました。このあと、流暢に中国語や英語を喋ることが出来たらどんなに話が広がるのだろうと、とても残念に思いました。「音楽は言葉の壁を越える」とは、音楽についてではなく、言葉の重要性について語った言葉ではないか。言語でのコミュニケーションがいかに重要であるかをも含んだ言葉なのではないか、と気づきました。それと同時に、僕の考える音楽は、こんなにも「言葉」に支えられているのだと思い知らされたのです。

 自分の母語が通じない世界、それはまるで背の小さい子供に戻ったような感覚でした。そんな世界では音や音楽が言葉以上に意味を持ち、強く心にはたらききかけてきます。だからこそ、そんな中で音楽を奏でることは、言葉を喋ること以上に難しいことなのです。

 「言葉」と「音楽」どちらが先に生まれたのだろう…という質問をされたら、今の僕は「言葉」と答えたいと思います。私のこの答えは、何かを表現するとき、言葉で説明できることを表現していて、「感覚」とか「感情」などといった言葉に出来ないものを音楽にしていないことを露呈する瞬間でもあります。でも、今の僕はそうなのです。だからこそ、慎重になり、たくさんたくさん考えて僕は作品を生み出すのです。もし次の機会があるとしたら、自分の音楽を説明する言葉をたくさん持ち合わせてから、音楽を奏でたいと思います。

bearing bearing bearing

訪中レポートより。「言葉の重み」を感じた、と帰国した日に書いたのですが、それをちょっと具体的に書いてみました。多分、この考え方ももしかしたら数年後、数十年後に変わるかもしれないです。今回、考え方が変わったように。でも、その都度考え直して整理していくことは必要だと思うんです。「こうだ!」と思うものを胸にしまっておかないと、変わることも出来なくなってしまうと思うので。

「感覚的」なことは、僕は多分人一倍、信じてます。例えば、自分は晴男だと思うし、そういう運みたいなものって本当にあると思うし。でも、全く根拠ないですからね!w。なんていうか、そういうことって作品として表現していいほどまだ僕は大人じゃないと思うんです。だから、よくつまんねーって言われたりもします。だから、もう少し歳をとって一皮むけるまで、つまんねーけど少々お付き合い下さい(笑)。♪音大生ブログRankingに投票!

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コメント

書きたくなったので、書きます!(笑)
私も似たようで全く逆のことをレポートで書いたよ(*^_^*)「音楽は国境(言葉)を越える」って中国の子に言われて、私もそう感じたこと。

「音楽は言葉を越えすぎてしまう」っていうのはすごく共感できるな。
でも私は河合くんと逆の考え方で、この言葉は素直に音楽の重要性を語っている言葉だと思っているよ☆
言葉がどれだけ大事なのか、っていうことを感じるのは河合君が伝えたかったものが、世界に一つだけの花の歌詞のように、言葉であって、そういう音楽のことを意味しているんだよね??
私は、言葉がなくても音楽そのもので心が通じ合える、一緒に楽しめる、同じ空間を共有できるっていうことを意味してると思うな。
だから私は中国の子と、全然知らない曲なんだけど手を叩いてノってみたり、笑い合って、心が近づいた感じを持ったんだと思うな。「さくら」だって、言葉はわからなくたって旋律を口ずさんで一緒に歌い合えたことで、日本と中国なんて国の壁が関係ないと思えたしね。
訪中だけでなく、私は佐渡の祭りで世界中の外国人や子どもや大人が一緒になって音楽を楽しめてるのを見ても感じた(^_^)v
河合君のような考え方って、すごい新鮮でびっくりしたけど、なるほどなぁって思った!きっと、河合君の中に自分の音楽を持っているからなんだろうなぁって思った!
勉強になりました(*^_^*)ありがとう。

投稿: あかり☆ | 2008-12-09 21:41

あかり☆さん、コメントありがとうhappy01


「音楽は言葉を越える」という言葉に対する、僕自身の態度を書きつづったから、お察しの通り「みなさんそう思ったほうがいいです!」って言ってるわけではなくて、本当に、自分は音楽を考えるときに、言葉とか思考みたいなものをベースに考えているんだなぁって気づきました、と書きたかったのです。


「言葉がなくても…同じ空間を共有」できる、っていうのは音楽の神髄だと思う。だけど、どうしても今の僕は言葉で喋りたいんですよ(笑)。高校の時、ALTに僕のCDをあげて、聞いてくれた曲の中から「この曲好きだよ」みたいに言ってくれたことがあって、「やった外国人にも僕の音楽通じるんだ!」とか喜んでたんだけど、よく考えれば、同じ人間じゃない。アメリカ人だから〜とかそういうこと以前に、同じ人として、「そう思ってくれてありがとうございます」と謙虚になりたい、と思ったことがあったなぁ、なんて今思い出したんだけど。


国とか国籍とか、それは意外にどうでも良い「違い」なのかもしれなくて。でもやっぱり無視出来ないのは「言葉」の違いなんじゃないかなと。そこを無視して音楽で解決してしまうと、本当に謙虚に自分の音楽ができるのかなぁ、なんて。やっぱり理解して貰って奏でたいじゃないですかconfident


言葉を越えた・言葉の説明がいらない音楽は、きっとつくるものじゃなくて、いつかきっとつくれるようになるんだろうなぁとも思う。その時までずっと音楽していなきゃいけないんだと思いますbearing

投稿: 赤羽龍登 | 2008-12-09 23:44

な~るなるshine
やーなんかこの言葉について議論してみたいね!すごく楽しい話になりそう!!音楽って何だろう?ってすごく本質的なところを考えさせられるね♪
そういう意味でも、行って良かった中国(❀ฺ´∀`❀ฺ)ノ
ではではまた明日附属新潟で♪

投稿: あかり☆ | 2008-12-10 01:49

そう、やっぱり外にでていくべきだなーって同じく思ったよ。何せ、飛行機が嫌いなもんでw ただ、今度は少人数もしくは一人旅で行きたいと思ったかな。外国きたぞーっていう良い意味でのスリルがもっとあれば、もっと吸収できるものもあるような気がして。それでは、また。

投稿: 赤羽龍登 | 2008-12-10 12:49

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